氷川神社

港区赤坂6-10

天暦5年(951)、赤坂一ツ木に創建。
江戸時代は紀州藩の産土神の所以により、享保15年 8代将軍吉宗公が老中水野和泉守に命じて現社殿を造営する。
将軍の直拝により社領5000坪を下渡され、14代までの将軍朱印状が収められている。


9月14/15日

氷川神社本殿

木造、銅板ぶきで本殿は一間社流造り、拝殿は3間4面。全部朱漆塗、享保15年4月に八代将軍徳川吉宗が建立。
社殿は華美な彫刻は無く吉宗の趣味を感じます。

四合稲荷社

幕臣勝海舟が命名した社。
明治以降故呂古稲荷地頭稲荷、本氷川稲荷、玉川稲荷を合祀している。

御神木の楓

末社

境内は浅野内匠守邸跡で蔵之助が遥泉院に別れを告げに来た忠臣蔵「雪の別れ」の舞台であり、末社の手前の立て札に「浅野内匠頭夫人ノ幽居セル里方ニテ、南部坂雪ノ別レトシテ喧セラレシ所ナリ」の記載がある。

包丁塚

赤坂地区一帯は古くからの三業が栄えた花街であり料理店などの多い土地柄、料理人が使い慣れた包丁を供養したもの。

「ま」組火消し絵馬

赤坂伝馬町の町火消しである「ま」組を描いた絵馬。
明治12年氷川神社に奉納された月岡芳年筆の絵馬