桂昌院が身分の低い京都の八百屋の家に生まれて 出世した彼女にあやかろうと、江戸時代には多くの婦人の参詣があったそう だ。
タヌキは「他を抜く」という語呂あわせとして信心をされた。 

柳森神社
柳森神社

千代田区神田須田町2-25-1

「柳森神社」は、京都の伏見稲荷の分社、境内の福寿社が「おたぬきさん」と呼ばれています。
徳川五代将軍綱吉の時代、生母桂昌院が信仰していたものとされる高さ15cm木製の像が祀られています。

福寿社
末社
おたぬきさん

おたぬきさん

境内には、狛犬の変わりに2頭の狸像が置かれているの共に、末社「幸神社」「福寿狸姫社」「金刀比羅神社」「水神厳島大明神・江島大明神」「秋葉大神 」「明徳稲荷神社 」と江戸時代の富士講を記念した富士塚(入り口すぐ昭和五年再建)や力石が奉納されています。

また寛政の改革の折には、老中・松平定信が七分金積立制度を設け、備蓄用の籾蔵を建てましたが、その後建物などは関東震災などで喪失