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渋谷区神宮前1-5-3
JR原宿駅竹下口から徒歩5分
御神体は、日露戦争の日本海大海戦でロシアバルチック艦隊を殲滅した連合艦隊司令長官 東郷平八郎(1847-1934)とている。
昭和9年に東郷提督が死去するや、故人が神格されるのを固辞していたにもかかわらず世界的英雄をである顕彰する要望が全国から相次ぎ、「財団法人東郷元帥記念会」を設立。
神社の創建が計画され、昭和12年9月に地鎮祭、昭和15年5月27日(海軍記念日)に御鎮座祭がおこなわれ現在に至。
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| 本殿
東郷神社は、戦災にて焼失したが戦災で焼失した東郷神社が再建されることを聞き、東郷提督を崇拝していた米海軍ニミッツ提督は、自著『太平洋海戦史』の日本語版の謝礼金を「アメリカ海軍の名において東郷神社再建奉賛会に寄贈したい」と申し出た。
昭和三十九年、神社の復興が成ったときニミッツは深く喜び、再び次の言葉を写真とともに寄せてきたと伝えられる。
<日本の皆さん、私はもっとも偉大なる海軍軍人である東郷平八郎元帥の霊に敬意を捧げます。>
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海の宮
東郷元帥が「東洋のネルソン」と称された世界に冠たる海軍提督であった事で、海にまつわる神殿があります。
また回廊には、東郷元帥の生涯を紹介するパネルが展示されています。
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正門の左側にあります。
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『潜水艦有志に捧ぐ
太平洋戦争中、百二十余隻の潜水艦と共に戦没された一万余人の乗員諸君。特殊潜航艇及び回天決死隊諸君。又諸公試、演練に殉難された諸君。諸君の遺骨は海底深く沈んで之を回収する途がない。しかし、それは国難に赴いた諸君の忠誠が、そのまま其戦場に在ることを意味する。民族の急を救うべく戦った犠牲の精神は永えに其処に活きている。
残された潜水艦関係の吾等は、個人と法人と併せて幾千、常に諸君の英霊の坐する海底を見つめている。願わくは、日本国民の全部も、ありし日の諸君の勇姿と、奮戦激闘の光景と、護国の屍となった戦場とを緬想して、敬弔の誠を伸ぶると共に、祖国再興の心の糧とすることを祈願して已まない。
茲に曾ての戦友、潜水艦建造関係者外有志一同相計り、小碑を東郷神社の霊域に建立して諸君不滅の忠魂に捧ぐ。
昭和三十三年五月二十五日』
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「潜水艦殉国碑」
昭和33年5月25日建立
太平洋戦争中に戦没した潜水艦乗員の慰霊碑で、碑には「殉国」の文字と伊号潜水艦のレリーフが飾られ、碑文が記載されている。
慰霊碑にそびえ立つマスト状のものは、潜水艦の潜望鏡である。

旧海軍館(平成4年解体)に展示してあった魚雷のレプリカ。
実物より小型になっている。
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| 海軍特年兵之碑
海軍特年兵戦没者の慰霊碑、海軍特年兵とは太平洋戦争中に14歳の若年兵を海軍特年兵(一期生昭和17年)として募集した。その姿は東宝映画8.15シリーズ「海軍特別年少兵」の題材ともなった。
この碑は昭和46年(1971)に特別年少兵の生存者らが、境内に鎮魂の碑を築いた。
碑文
やすらかにねむれぞ想う君のため
いのちさかゝげしますらおのとも
侍従長 入江相政 書
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昭和46年5月16日建立
海軍大将 野村 直邦 筆
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鳥居
日比谷の旧水交舎内にあった神社の青銅製鳥居を東郷神社の庭園に移築したもの。
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日本庭園
奥には東郷会館と水交会があります。

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| 旧東郷平八郎邸の蔵
東郷平八郎提督邸(現東郷公園 千代田区四番町18)の蔵を昭和23年移築したもの。
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