赤穂浪士休憩之地

江東区佐賀1-6

元禄15年(1702) 12月15日吉良邸討入後、一ツ目通りを引き揚げの途中、大高源吾とは俳諧の友であった乳熊屋 初代竹口作兵衛が店内に招き入れ、休息し甘酒粥の接待を受けたあと、泉岳寺に向かった。
現在「赤穂浪士休息の地」碑は、この地にある昭和38年株式会社ちくま味噌により建立された。

■泉岳寺■吉良屋敷跡■浅野内匠頭上屋敷跡■浅野内匠頭終焉之地■毛利下屋敷邸■肥後熊本藩細川家屋敷跡■イタリア大使館(伊予松山藩松平隠岐守中屋敷 大石蔵之助切腹の地)
赤穂浪士休憩之地