櫻賦の碑

佐久間象山の筆により勤皇の志を桜に託した詩を謎、明治14年門下生であった勝海舟、小松彰、北澤正誠らにより建碑された櫻賦の碑。

 飛鳥山碑

8代将軍吉宗が飛鳥山を整備して公共園地としたことを記念して、王子権現社別当金輪寺住職宥衛が元文2年閏11月に建立したものです。
石材は紀州から献上され江戸城内滝見亭にあったもの。碑文は幕府の儒臣成島道筑(錦江)のもので、篆額は尾張の医者山田宗純の書です。  

碑文には元亭年中(1321〜24)に豊島氏が王子権現(現在の王子神社)を勧請したことから、王子・飛鳥山・音無川の地名の由来を説いて、土地の人々がこれを祀ったこと、寛永年間(1624〜44)に3代将軍家光がこの地を改めて王子権現社に寄進した経緯が記されています。

飛鳥山碑の横にある現代文で飛鳥山の由来を記載した碑は、国際ロータリー創立75周年記念に建立したもの。

明治三十七八年戦役記念碑

日露戦役の記念碑、,王子一帯は敗戦まで陸軍工廠が集中した軍事産業地域でした。
特に、日本海海戦での勝因とも言われる白瀬火薬(無煙火薬)の生産地としても有名なことから、日露戦役に関する碑が王子周辺には多くあります。
この碑には、この王子地域で出征し戦死者の名が裏面に記載されています。

明治維新100年植樹記念碑

船津翁碑

明治初期の農業指導者である船津翁の偉業を記した碑。
船津伝次平は名主をつとめ、赤城山の植林等に貢献した。
農事改良に熱心なのを認められ、駒場農学校教師、農商務省巡回教師となり、全国を回って農事改良に努め、明治の三老農の一人といわれた。明治31年66歳で没した。

聖紀菩薩像

昭和51年 赤堀信平作

岡野知十の句碑

俳人 岡野知十による”佛生も復活も花笑ふ日に”の俳句の碑
大正二年四月同人建立との記載があります。