上野東照宮
 
台東区上野公園9丁目
   

上野東照宮

上野東照宮は、元和二年(1616年)二月駿河城に徳川家康を見舞いに赴いた、藤堂高虎、天海大僧正が危篤の家康鋼の病床で末永く鎮魂出きる場所を造って奉ってほしいとの遺言をうけ高虎の屋敷領地であった上野の山に、寛永四年(1617年)本営を造宮した。
その後三代将軍家光がこの寺院に満足出来ず慶安四年、現在の社殿(金色殿)を造形し以後江戸の象徴とした。
上野東照宮には家康、八代吉宗、十五代慶喜が奉られている。

大石鳥居

寛永10年 酒井忠世建築奉納。
昭和17年国宝指定

水舎門
慶安4年阿部重次建築奉納
また上野東照宮は、1月初めから2月末まで約40品種・600本の雪除けのワラの囲いの中で、寒気に耐えながら、白、紅、淡紅、紫などの彩りを添えて競って咲く"冬ぼたん"が有名です。
また春には、上野大観光祭・ぼたん祭りが開催され、約250品種・3,200本のぼたんが、4月下旬がら5月上旬にかけて公開されます。

銅燈籠

東照宮社殿唐門前と参道に、五十基の銅燈籠が並んでいる燈籠は神事・法会を執行するとき浄火をもくてきとするもの。
照明器具として用いない。浄火は神事・仏事に使用する清めた火。
燈籠は上部から、宝珠・笠・火袋・中台・竿・基壇で構成されている。火袋は、八角・六角・四角などの形式に分かれ、各面には火口・円窓という窓を設けている。
火袋下部の長い部分を竿と言い、ここに銘文を刻むことが多い。 これらの銅燈籠は、諸国大名が東照大権現霊前に奉納した物。
竿の部分には、寄進した大名の生命と官職名・奉納年が告示されている。
それによると、伊勢国津藩主藤堂高虎奉献の寛永五年(1628)銘一基をはじめ、慶安四年(1651)正月十七日奉献二基。同年四月十七日奉献四十五基、同年孟夏十七日奉献二基となっている。慶安四年四月十七日東照宮社殿落慶の日の奉献数が最も多い。

   
   
 
Copyright(C) 1999-2003, DENTAN. All Rights Reserved